ところが、「恋人達の予感」を見て当時の短絡的な見解を改めた。何も変りはしない。私自身の若き日の光景が再現されていくようで、懐かしかった。ハリーとサリーがシカゴ大学を卒業した1977年、二人がニューヨークへ向かう車中から物語は始る。冒頭のハリーのセリフに次の二人の会話が続く。
サリー 「私にはセックス抜きの男友達が大勢いるわ」
ハリー 「男は女に魅力を感じると、寝たいと思うんだよ」
サリー 「女が嫌だと言ったら?」
ハリー 「その時点で友情は壊れる。友情は成立しないのさ」
熱しやすく振られやすかった私としても、『男と女は友達にはなれない』という命題は、諦めに近い確信であったので、当時を思いだし画面に入り込んでしまった。10年経ち、二人は2度目の再会後、『セックス抜きの友達』関係に入る。「彼女と寝る下心はないから何でも本音で話せる」とハリーはそれまでの自説を改め、この関係をベストなものだと思っている。現在の私もそういった関係にいまだに憧れているから、物語の展開に期待を持った。
ところが、二人は『間違い』でセックスをしていまい、気まずくなってしまう。しかし、ハリーの「一日の最後におしゃべりをしたいのは君だ」という甘いセリフで二人は結婚というハッピーエンド。私は、はぐらかされた気持ちになった。
というのも、『男と女は友達になれるか』という問いは、既婚者にとってより回答困難な命題であり、我身の問題として、肯定的な回答を私は映画に期待していたから…。結末が幸せな結婚であれば、答にならない。