貧乏学生のチャーリーは、休暇の間、目の不自由な退役軍人スレード大佐の介護のアルバイトをすることになる。スレード大佐はジョンソン大統領時代の英雄だったが、ある事故で引退し姪の世話になっている。彼は人生に絶望し、人生の幕を降ろす計画を持っている。「ニューヨークの高級ホテルに泊り、旨いものを食い、いいワインを飲む。懐かしい兄貴の顔を見てそして素晴らしい女を抱く。その後、ウォルドルフの大きなベッドに横たわって頭を撃ち抜く」
強引なスレードに押切られチャーリーも仕方なくニューヨーク行きの計画に乗せられる。口が悪くプライドの高いスレードに辟易しながらも次第にチャーリーはスレードの持つ芯の優しさと父性に心を許すようになる。スレードも校長との取り引きに応じようとしないチャーリーに自分の若き日の姿を見る思いでチャーリーに接する。
この映画で印象に残るのはやはり、目の不自由なスレードがタンゴを踊るシーンと最後の全校集会のシーンだろう。踊りのシーンは勿論圧巻なのだが、タンゴを誘われて躊躇う女性にスレードが言うセリフ「タンゴは人生と違い間違わない。簡単なところが素晴らしい。足が絡まっても踊り続ければいい」も彼の人生観を語るようで印象深い。
そして最後の学生集会のシーン。チャーリーに罰を与えようとする校長の糾弾にスレードは弁護に立つ。冒頭のセリフはその場面のものだ。続いて「自分の得のために友達を売る人間ではない。それが人間の持つ高潔さだ。それが勇気だ。……チャーリーは人生の岐路に立たされた。そして正しい道を選んだ。真の人間を形成する信念の道だ」とスレードは会衆に訴える。
何故スレードは、学生集会に乗込み会衆に訴えたのか。高潔さ、信念とかは個人の内心の問題だ。会衆に理解を求める必要はないのだ。しかし人生はタンゴと違い簡単ではない。正しい道を選んで疎外されることだってある。そのことで魂を潰されることだってあるのだ。スレードは自分の轍をチャーリーに踏ませたくなかったのだ。正しい選択には正当な評価が与えられるべきなのだ。そういう願いがスレードにはあったのだろう。その願いは実現する。そして、スレードの身にも彼の生を支えていた夢が叶うのである。「香り」とともに。