「そのように定め、そのように行え」 セシル・B・デミルの「十戒」より



 モーゼ(チャールトン・ヘストン)の敵役エジプト王ラメシス(ユル・ブリンナー)のセリフである。20年も前だろうか、当時カトリック系の学校に通っていた関係で、クラスの仲間と見たのであるが、この作品に出会い映画を見る楽しみを知ることとなった。少年だった当時、悪役の設定ながらユル・ブリンナーのかっこ良さに魅了された。特に冒頭のセリフを「So it was written So it will be done」と言い放つ場面が、友人の間でももてはやされたことを思いだす。

 しかし、後年法律を専攻し、公務員という職に就いた私は、このセリフの持つ重い意味を感じさせられている。法律の持つ意義を認識しつつも、市民感情・正義とかけはなれた法律が存在し、それが現実を動かしているという矛盾・不合理を感じている。

 この法の矛盾・不合理の極端な例が南ア政府のとるアパルトヘイト政策であろう。3000年前、「そのように定め、そのように行」われていた「奴隷」制度が、今も南ア共和国では憲法に規定され、存在しているのである。そして、日本は最大の貿易相手国という形の「経済援助」で南ア政府に加担しているのである。想像力と感受性を持ち合せていたなら、我々国民も南アから輸入される金、ダイヤモンド、プラチナなどのアクセサリーを買うという行為により、南ア政府に協力している現実を知ることができるだろう。

 この想像力・感受性は、我々を取り巻く身近な矛盾・不合理に対し、ノーと言って行動を起こす過程で育つものであろう。そして、一人ひとりに育った想像力・感受性は、新たな行動を伴い、「そのように定め、そのように行」われている世界を変革していくと、私は信じる。

 「人はまず自分の家の庭からきれいにすべきだ。……それが世界を変革する要点だよ」(「サラフィナの声」より)


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