東京通信第8信


 ここのところ映画を観る本数がめっきり減ってしまい、またしばらくご無沙汰してしまいました。というのが、めったに病気をしない妻が急に高熱をだし、そのあと微熱が続いて、松山の実家のほうでは「妊娠ではないか」と色めき立ったのですが、病院で診てもらった結果、仕事の疲れからくる自律神経失調症だろう、ということでした。今年は厄年だから、子供でも産んで厄落しをしようかと言っていたのが、帰ってくるなりバタンと倒れてこんこんと眠り続ける「疲れたおとーさん」のようなつれあいを見ていると、こちらまで参ってしまいそうで、この際、思い切って仕事をやめてもらいました。ついでにぼくも仕事をやめたので、湯布院にも行けるようになったという次第です。その前にもお会いできるとは思いますが、23・24の両日、よろしくおつきあい下さい。

 この夏−先月初旬の猛暑のせいか、夏ももう終わりという気がするのですが−JRの駅構内で、公開寸前の『スクリーム』のポスターが、すでに公開中の『八日目』のポスターに差し替えられていくという光景を目にしました。『スクリーム』が「酒鬼薔薇事件」のあおりで公開延期になったという情報はすでに得ていたのですが、恐怖に凍りついた女性の顔のアップがデザインされたポスターはいっこうに剥がされるでもなく、不審に思っていたところ、一週間ばかりして要を得ない新聞発表がなされ、それと前後して「八日目」の緑さわやかなポスターが目につくようになりました。館数はさほどではないのかも知れませんが、全国的に公開される映画が寸前で公開中止になるというのは(事件の解決で公開は決まったようですが)、20年前の『ブラック・サンデー』以来ではないでしょうか。もっとも、『ブラック・サンデー』は、公開するなら劇場を爆破するという脅迫電話によるやむざる中止、今回は配給サイドの自主的判断による中止、という違いはありますが。たしかに、改めて見直してみれば、頭部だけが強調されたポスターは、あの時期、ショッキングだったといえなくもないし、映画の内容も、相当にショッキングなのかも知れません。しかし映画の内容ということであれば、例えば『レリック』という映画がここにあります。『タイムコップ』『サドン・デス』と、このところジャン=クロード・ヴァン・ダム主演作で達者なところを見せている『カプリコン1』のピーター・ハイアムズが監督ということで観にいったのですが、人間の脳下垂体を好物とする怪物によって、10分に一個は人間の首が飛ぼうかという代物でした。またこの怪物というのが、元をただせば人間、それもヒロインの同僚ということで、東宝映画『マタンゴ』のようにある種の哀れみを誘うところもあり、格好の納涼映画とシャレ込みたいところなのですが、リアルなSFX映像と神経を逆撫でする音響効果による「スクリーム=悲鳴」の連続に、へとへとになって劇場を出ました。

 この映画が『スクリーム』を尻目に平然と公開されているというのは、殺戮者が人間でなく空想上の怪物だからいいのか、それともこの映画の入りが悪くて話題にすらのぼらないのか、それとも映画の内容には関係なく、ただ宣材のインパクトの度合いが問題なのか、しかしそんなことを考えるのも『スクリーム』の中止があったからで、自分も知らず知らず自主規制させられているのかなあ、と思ったのでした。そういえば、『カプリコン1』というのもちょうど20年前の映画で、この映画を観たがため、近ごろ火星探査機から送られてくるという映像を、「あれはアリゾナの砂漠かどこかにセットがあって……」と今だに疑ってしまう人が、他にもいらっしゃるかもしれません。

 『新世紀エヴァンゲリオン劇場版Air/まごころを、君に』(渋谷東急)。  テレビ東京系で放映され、未完(?)のまま終了したアニメ・シリーズの、論議を呼んだ第25・26話をリメイクした作品。春に公開された『〜シト再生』の、新作にあたる部分がほぼそのままの形で第25話に組み込まれています。
 近未来、「セカンド・インパクト」と呼ばれる未曾有の現象後に生きる少年、碇シンジが、突然、父親の率いる防衛組織「ネルフ」により「エヴァンゲリオン」のパイロットに選ばれ、つぎつぎと襲来する「使徒」と呼ばれる謎の生命体と戦うのですが、父親との葛藤や、他の「エヴァ」に乗る二人の少女、上官であるルームメイトの女性への性的衝動に揺れ、「戦う」という行為にも意味づけをなし得ず、悩みつづける姿が、TVシリーズでは描かれています。
 TVシリーズの最終二話は、すでに使用した映像と、おびただしい文字によるコラージュで、碇シンジの内面に深く遡行して終わり、それはそれでひとつの完結と呼べるものでした。しかし、「セカンド・インパクト」とは何か? 謎の組織「ゼーレ」がもくろむ「人類補完計画」とは? シンジの父親が「ゼーレ」に加入しているわけは? クローン少女レイがつくられたいきさつは? エヴァ及び使徒に発生する「ATフィールド」と呼ばれる無敵のバリヤーの源は? 「アダム」とは? 「リリス」とは? 「ロンギヌスの槍」とは?
 戦闘をよそに、「自分は、なぜここにいるのか?」と悩むシンジそのままにTVシリーズを完結させた庵野秀明監督が、ファンからの「エヴァ搭乗命令」を受けて、アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』殲滅に発進したのが、この完結編といえそうです。結果、この作品は、もうひとつすっきりしないものになりました。カーニバルのような「サード・インパクト」のクライマックスで、突然、実写映像になり、映画館の満員の観客席と空っぽの観客席が交互に映し出されるのも、しきりとこのアニメ世界からの離脱を促しているように見えます。少なくとも、わたし=作者と、あなた=観客は共犯関係にはないと宣言しているようには。「わたしはあなたのおもちゃじゃない」というレイの台詞は、観客に向かって投げつけられた作者の言葉でもあります。「キモチワルイ」という最後のアスカの一言も、他者への嘔吐感・拒絶感こそ、他者の存在を認めることに他ならないのだと言っているのでは……。「エヴァ」みたいに暴走してしまうといけないので、ぼくもこのへんにしておきます。

 『浮き雲』(ユーロスペース2)。  妻と二人、「失業する日に二人揃って観にいこう!」と固く約束を交わしていた映画です。その日を待たずに観に行けたのは、ひとえに会社の都合によります。  『マッチ工場の少女』のアキ・カウリスマキ監督の新作。「マッチ工場〜」のカティ・オウティネンが再び主演をつとめています。市電の運転手の夫はリストラで、レストランの給仕長の妻は店の乗っ取りで、ともに職を失い、辛酸を舐めますが、幸運の訪れも、不運の到来と同じくらいに突然でした。
 目もあてられないような不運が妙なおかしみを誘う、カウリスマキの魔法、健在です。 

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