東京通信第5信


 松山に帰省したおりにはお会いできませんでしたが、お元気に新年を迎えられたことと思います。松山では実家の島では二日間を過ごしただけで、あとはずっと妻の実家で過ごしたのですが、すっかり家族の一員として認知されたのか、こちらがただ厚かましいだけなのか、すっかりくつろいでしまって、もし松山に帰ったら部屋探しの労も省けるし同居してもいいかな、と半ば冗談、半ば本気で話し合ったりもしました。単身上京したときには、「家族は諸悪の根源である」などとほざいていたのですが.....。

 温暖な気候と暖かい家庭の味、帰るには如くはありません。しかしなかなか踏み切れないでいるのは、そこがぼくの本来の故郷・家族ではないからでしょう。失われた「家族の肖像」に思いを馳せている自分が見えます。

 日比谷シャンテ・シネ2で続映中の「秘密と嘘」に大勢の観客がつめかけているのはカンヌ映画祭パルムドール大賞・主演女優賞受賞といった話題もあるでしょうが、今、多くの人たちが家族について多くの問題を抱えていることを窺わせます。

 養母を葬った黒人女性ホーテンスが実母を探しはじめるところがまず描かれ、それと並行して、実母であるシンシアと私生児のロクサンヌ、シンシアの弟のモーリスとその妻モニカが描かれていきます。ホーテンスは検眼師を職業とするキャリア女性。シンシアは段ボール工場で働く気弱な女性で、もうすぐ21才になる娘の交友関係に神経をとがらせている。市の道路清掃係のロクサンヌはそんな母親を疎んじてしばしばボーイフレンドの家で夜を明かす。モーリスは写真館を経営する気のいいカメラマン。子供のないモニカは派手好きだが夫婦仲は円満、しかし姉のシンシアの話題となると途端に不機嫌になる。そういったことが次第に明らかにされていきます。出生の記録を見たホーテンスは母親が白人と知って驚きつつもシンシアに電話をかけます。シンシアは動転し、二度と電話をかけないでと涙ながらに電話を切りますが、再度の電話で会うことを承諾します。

  待ち合わせ場所の地下鉄の駅、すぐそばにいながら気づかない二人。この場面はあとで述べる理由から、この映画を象徴するシーンといえます。ホーテンスの肌の色が黒いとは知らないシンシアと、シンシアの姿形を知らないホーテンス。

 シンシアは生まれた子供の顔も見ないで、早産と思い込んだまま里子に出したので、黒人と関係があったことを忘れていたのです。ショックを受けるシンシア。しかしやがて二人はうちとけ、シンシアのほうからひんぱんに電話をかけ、お茶を飲みながら話すようになります。やつれてだらしなかったシンシアはみるみるおしゃれになり、ロクサンヌを訝らせます。

 シンシアはロクサンヌの誕生パーティーにホーテンスを呼び、秘密を打ち明けてしまいます。そしてその席上で、おのおのが心に秘めた秘密までもが、白日のもとにさらけ出されてゆく----というのが大筋です。家族に波風を立たすまいとするあまりの嘘や秘密が、かえって家族を解体してゆく、真実のみがそれを救うだろう、ということを示唆して映画は終わります。

 マイク・リー監督はあらかじめ脚本を用意せず、数ヵ月かけて俳優に役どころをのみこませた上で、撮影の現場で俳優を引き合わせる、という特異な演出をとっています。ですから、先に述べた地下鉄駅のシーンでも、シンシア役とホーテンス役の俳優は実際にそこで初めて出会ったことになります。そうした「嘘」のない演技は、後半のパーティーシーンにしても同様で、こうした俳優の丁々発止のやりとりがこの映画の身上といえるでしょうか。しかし見ている限りでは、ごく普通の演技のようにも見受けられ、クライマックスのパーティー場面に至っては、まるで演劇を見ているかのような錯覚に陥りました。シンシアとモーリスの近親相姦な関係(うがった見方をすれば、ロクサンヌは二人の子なのでは?)を匂わせておきながら、明確な解答がないのも不満です。しかしこの監督、映画の本質にかかわる問題を秘めている、気になる作家ではあります。

 今月から月に一度になった料金サービスデーに、渋谷のシネマライズで「ファーゴ」を観ました。借金で首の回らなくなった自動車ディーラーの男が妻を狂言誘拐して社長である義父から身代金をせしめることを思いつき、執行猶予中の従業員を通じて二人の前科者を傭うが、彼らがはずみで警官と目撃者を殺してしまったことにより、男の運命が大きく狂いだしていく、というストーリーです。「ファーゴ」とはアメリカ中北部の地名で、雪野原に流れる血、白と赤の対比が印象深く、またこの地方独特の訛った英語が、何故とはなしにこの暗い話におかしみを醸し出しています。身重の身体で捜査にあたる女性警察署長や、「変な顔」としか言いようのない男と酷薄で無口な男の犯人コンビなども、ジュエル=イーサン・コーエン兄弟ならではの人物描写です。転落した男の人生を対比するあたり、勧善徴悪の匂いがぷんぷんとしますが、このうさん臭さもこの映画の持味のうちなのでしょう。カンヌ映画祭監督賞を受賞。

 「ジァイアント・ピーチ」は銀座シャンゼリゼほかで上映終了しました。ティム・バートン製作による'ファンタメーション'でつぎつぎに繰り出されるマニアックな映像にはくらくらとめまいがします。人形の実在感は「ナイトメアー・ビフォア・クリスマス」に比べて格段にアップしていますが、実写との合成には違和感も残ります。しかし映像世代にとって病みつきになりそうな一遍。

97/2/9消印

 


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