東京通信第2信


 9月27日より、10月6日まで、第9回東京国際映画祭が開催されました。今年、パトリス・ルコント会いたさに横浜フランス映画祭に出向いたものの、前売りを買ってなかったばかりに入場できず、みなとみらい21で虚しくハンバーガーを齧ったという苦い経験から今回は万全の体制で臨もうということになり、二人で連日喧々諤々、計10作品の前売を買ったのですが、後半に息切れ、結局一人当たり3枚分も無駄にしてしまいました。公開予定の話題作、さしあたり公開予定のない作品から貴重なリバイバルまで格安で観られる とあって、予想どおり、メイン会場など、前売組だけで長蛇の列でしたが、知名度の低い監督作品には空席も目立ったようです。その中よりいくつか。

 「日蔭の二人(原題:ジュード)」インターナショナル・コンペティション
 原作はトマス・ハーディの「日蔭者ジュード」。19世紀イギリス、学問を志す石工ジュードは結婚に失敗したのをしおに街に出、そこで才色兼備の従妹と結ばれるが、いとこどうしの結婚というタブーに世間の風当たりは強く、失業し宿は追われ、一家は次第に貧窮、ついに長男が「ぼくたちが多すぎるから」と二人の幼い弟妹を道連れに縊死するという最大の不幸に見舞われます。ストーリーを書いていると滅入ってきますが、いわゆる「文芸作品の香気」は十分に満喫できます。凝ったカメラワークと従妹役のケイ・ウィンスレット(「乙女の祈り」)の魅力が映画を古めかしさから救っています。

 「バンドワゴン」ヤングシネマ・コンペティション。
 四人の若者がバンドを結成し、伝説的なマネージャーを得ておんぽろワゴンで巡業に出たものの、格安のギャラ、ロードの疲労、音楽のとらえ方をめぐる対立などで空中分解寸前までゆくのですが、レコード会社からのメジャー・デビューというまたとない話を断ることによって、かえってバンドとしての結束が強まっていく、というお話です。寡黙に彼らを見守るマネージャーのキャラクターが、とてもいいです。移動の間中1ページ1ページ読みすすめていた分厚い本が「化学辞典」だったというのが笑わせます。監督はスピルバーグの「フック」「ジュラシック・パーク」のメイキング・ヴィデオをつくった、これがデビューのジョン・シュルツ。

 「グース」特別招待作品
 幼くして両親が離婚し、交通事故で母親を亡くした少女が、カナダに住む父親に引き取られますが、10年ぶりの父親や、その愛人にも馴染めず心を閉ざします。しかし彼女はある日、乱開発でとり残された鴨の卵を見つけ、孵化した雛の母親代わりとなるうち明るさを取り戻していきます。ところが鴨は渡り鳥、南への道筋を教えるのは「母親」しかない。というわけで、父親のつくった超軽量飛行機で娘を特訓、さて無事に越冬地まで辿りつけるでしょうか.......? 少女役を「ピアノレッスン」のアンナ・パキンが演じます。映画のモデルになったビル・リッシュマンさん自身のスタントによる、コンピューター・グラフィックス未使用の飛行シーンがすばらしいです。

 「百一夜」特別招待作品
 「幸福」「冬の旅」のアニエス・ヴァルダ監督が、映画青年を肴に、死に体の映画を「ムシュー・シネマ」なる老人(ミシェル・ピコリ)に仕立てて、映画オタクの女の子に百一夜映画を語らせて老人ポケを治そうという趣向です。古今東西の映画の名シーン、毎夜のゲスト俳優による悪ノリのリハビリ・パロディ合戦、自主映画の資金調達のためシネマ氏の財産を狙う女の子とその彼氏、といった構成です。百一人とはいきませんが、とにかく俳優のオンパレードで、ロバート・アルトマン顔向けといったところ。

 「パンと植木鉢」アジア秀作映画週間
 アッバス・キアロスタミ監督の「クローズ・アップ」は映画監督を騙った男の話でしたが、あのときの本物の「マフマルバフ」の監督作品、その最新作です。マフマルバフが若くして活動家だった頃、警戒中の警官が発砲するという事件があった。そのかつて警官だった男が「俳優になりたい」といってマフマルパフを訪れたことで、マフマルパフはこの事件を映画化しようと思い立ち、オーディションを行なう。しかし警官役の人選に不満をもった元警官は、選ばれた俳優につきっきりで演技指導を行う。元警官は当時、いつも通りすがりに時間を訊いてゆく女性にほのかな思いを寄せていたのだが、リハーサルを進めるうち、彼女が元警官の気をそらすためのマフバルバフの仲間だったと知り激昂する。様々な思いの交錯する撮影現場で、事件現場で、事件はどう再現されるのか。近ごろ原一男監督の「シネマ塾」なるものに通っているせいか、「やらせ」「ドキュメンタリーとフィクションのボーダー」といった角度からの見方が気になります。そうした問題意識に十分刺激的でありながら、眼差しはあくまで「クローズアップ」のように優しげです。これはキアロスタミ監督への返歌でしょうか。

 映画祭疲れで、このところ地元の名画座通いが多くなっています。「ラストダンス」「ヒート」の二本立て、「フロム・ダスク・ティル・ドーン」「12モンキーズ」の二本立てなど。「ヒート」に勢いづいて、有楽町のニュー東宝シネマ1「訣別の街」に出かけました。ニューヨーク市長の人柄に惚れ込んで補佐官となった男が、汚職事件を追求するうち、マフィアと結託した市長の姿に突き当たる、というもので、どこかまだ清廉さの面影を残した市長(アル・パチーノ)に、補佐官(ジョン・キューザック)が引退を勧めるシーンがいいです。正義は正義として、事件を政治的なステップに利用するしたたかさ、「ニューヨークはチャンスの街」と言い切ることが、この映画の味をさらに苦いものにしています。

96/10/24消印

 


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