心に残る映画28「おみおくりの作法 STILL LIFE」


 ジョン・メイ(エディ・マーサン)は、ロンドン市ケニントン地区の民生係。年齢は44歳(映画の最後で明らかにされる)。彼の仕事は、孤独死した人たちのその後の一切を取り仕切る事。亡くなった人の部屋に出向きその遺品から人物を特定し身寄りを探し、縁者がいない時あるいは縁者が参列を拒否した際は自分が唯一の参列者となる葬儀を行います(どうもそのケースがほとんどのよう)。しかしジョンはそれを事務的に行うのではなく、彼の几帳面な性格と誠実さから、部屋に残された遺品を手掛かりにその人の宗派のお葬式を行います。そしてひとりひとりに見送りの言葉を考え牧師にスピーチをしてもらいます。葬儀で流す音楽まで考えぬいて、ていねいなおみおくりをします。


 その彼も実はひとりきりで暮らしています。定時に仕事を終えて部屋に帰れば、決まってツナ缶とトースト1枚そしてリンゴ1個の夕食。そして部屋は清潔できちんと片付けられています。判を押したような無味乾燥な生活のように見える。通勤途上の映像もロンドンの曇天の空の下、静物画(still life)のような街の風景が彼の生活の背景画として描かれています。でも映画を見ていて「孤独でつまらない人生を生きていて可哀想だ」とは決して思わない。なんか可笑しみのある映像シーンに思わずクっと笑いをこらえてしまうのである。ツナ缶とトースト1枚の夕食シーンもそうだけど、これから出てくる、ミートパイを嗅ぐ仕草や椅子の脚を本で代用しているワンショット、嫌みな上司の車のタイヤに放尿するシーン、そして初めて食べるハーゲンダッツのアイスクリームのシーンに観客は和むのである。これは見てのお楽しみ。

 そもそも単調な繰り返しの日々が意味のない人生だとは言えないと思う。ホンモノの逸品を作る伝統工芸士の仕事ぶりを見ていて、むしろ単調な日々の作業に耐えることが出来て初めて納得の逸品が完成するのではないかと思える。単調な繰り返しの日々であってもその内面の日々の過ごし方如何で豊穣な人生もあり得るのではないかと思う。スキャンダラスで派手な人生が幸せで意味あるものでは決してないのである。ただ、ジョンにはちょっと変わった趣味があります。亡くなった人たちの写真を部屋に持ち帰り、一枚づつアルバムに貼ること。それはまるで、自分の思い出のアルバムのように思える。「趣味」と書いてしまったが、それは死者の想いを受け止めた思い出のアルバムなのだと映画のラストで我々ははっきり理解することになります。


 ある日、ジョン・メイの静かで単調な生活に変化が起こります。いつもと同じように孤独死の連絡を受けたジョン。その住所を聞いて彼は言葉を失います。亡くなったのは、面識なないけれどジョンのアパートメントの向かいの棟に住むビリー・ストークというアル中の老人だったのです。時を同じくしてジョンは地区の業務が統合されるのを機に22年間勤めた職場をいきなり解雇されることになります。上司の目にはジョンの仕事ぶりは時間とお金の無駄としか写らなかったのです。「死者の想いなどないんだ」というのが上司の言葉。その結果、ビリー・ストークの案件がジョンの最後の仕事となり、ビリーの身寄り・縁者を訪ねてジョンはイギリス中を旅することになります。僅かな手掛かりを頼りに彼らを訪ねては、ジョンは言います。「葬儀に出てくれませんか」


 故人が乱暴者で厄介者だったせいか、尋ねたみんなに葬儀参列は断られるのだけど、ビリーはほんとうは愛されていたのでは?と思われるエピソードが語られます。パン工場の同僚は「組合と会社とやり合って5分間の休憩時間を勝ち取った。」、フィッシュ・アンド・チップスの女主人は「女には優しかった。彼の知らない娘がいるの」、刑務所の看守は「慈善事業のため、3階からベルトを歯で噛んでぶら下がった。」、フォークランド紛争の戦友は「会ってすぐぶん殴るような男だが、自分の命を救ってくれた。戦後ストリート生活者になった。アルコールは辛いことを忘れさせてくれる。人を殺した辛い経験を。」、ストリート生活の仲間は「酒をせびるのが下手だったが、女性にはもてた」。これらのビリーに関するエピソードは、最近亡くなった我が父のエピソードと重なって、嫌われてはいなかったんだ、みんなから愛されていたんだという感動を覚えました。


 この旅は、ジョン・メイの単調な生活の変化をもたらすだけでなく、彩りをもたらすことになります。ビリー・ストークの一人娘ケリー(ジョアンヌ・フロガット)を訪ねるシーンから淡い恋の気配が感じられる二人の交流が描かれます。映像にも陽光がさします。幸せな気分になれるハッピーエンドが期待されます。人生を正しく誠実に生きる人には幸せになってほしいと誰もが思うものです。ところがこの期待は見事に裏切られます。ジョン・メイは不慮の事故で亡くなってしまいます。享年44歳。え〜ウソだろうと思いました。ただ彼の死に顔が、たぶん恋の予感に微笑んだ笑顔のままだったが救いかなとビデオプレイヤーのストップボタンを押すのを我慢しました。


 最後は、ビリー・ストークの葬儀のシーンです。誰ひとり来ないと思われた葬儀にジョン・メイの尽力のおかげで思いもよらず多くの人たちが集まっています。ケリーはジョン・メイが参列していないのを訝しがって振り返ります。その先をジョン・メイの棺が静かに横切ります。そして最後に参列者のいない空虚なジョン・メイの墓地が写ります。このあと、感動のエンディングが待っています。全く予期していなかったエンディングシーンです。胸の深いところまで直接まっすぐ瞬時に感動が届き魂が揺さぶられました。映画を見てこんな感動を覚えるのは初めてです。こみ上げてくる熱いものと涙を止めることが出来ませんでした。そして「STILL LIFE」の文字が投影されます(文字どおりの意味なんだと理解しました。)。見終わってしばらく経っていますが、映画といういわば作り物=フィクションなのだけど、今でも何か「奇跡」を見たという不思議な余韻にひたることができます。まさに心に残る映画です。

 

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