心に残る映画20「やさしい本泥棒」


 1938年。第二次世界大戦前夜のドイツ。ナチズムを主導するヒットラーの支配する軍部による赤狩りからの逃亡を余儀なくされた共産党員の母とその子供二人。母はその子供たちを里子に出すため、列車でミュンヘン近郊の田舎町へ向かう。その三人を見つめる姿の見えない「死神」が語り部である。死神は子供の一人弟の方を迎えにきたのだが姉のリーゼル(ソフィー・ネリッセ)に惹きつけられ、彼女の行く末を追う。


 里子が二人来る予定が一人しか来なくて、政府からの給付金が少なくなると養母のローザ(エミリー・ワトソン)はリーゼルに対して冷たく当たるが、養父のハンス(ジェフリー・ラッシュ)はリーゼルを温かく迎え、読み書きができない彼女に優しく文字を教える。その教本は弟を埋葬した時に墓堀人夫が落としていった墓堀のマニュアル本。こうして読み書きを覚えたリーゼルは、様々な訳あり本(焚書で焼かれ損なった本や洗濯物を届けに行った町長夫人のライブラリーから「借りた」本、匿ったユダヤ人青年マックスの持っていた本)を糧に知識や勇気を手に入れ、出会った人々との交流から希望を見いだし、厳しい時代を生きていく。


 敗戦国ドイツの一般市民の戦時下の暮らしを描いた作品を初めて見た。知識としてはロンドン空襲に比較にならないほどベルリンやミュンヘンの空襲はすざまじいものだったと知っていたが、この映画で空襲に怯えるドイツの一般市民の様子と悲劇を知った。そして人間って状況下に応じて非人間的、いや悪魔的にもなりうるという現実を思い知らされるのだけど、本来人とは善の心を持っているのだとも改めてこの映画を見て思う。名優が演じるローザとハンス夫婦がいい例である。特にローザ、冷酷に見えるが心の内は暖かい。そんな一見矛盾したアンビバレントな部分を、エミリー・ワトソンは見事にさりげなく演じている。
 ただ思うのだけど、この人間の「善」の部分はか弱く臆病で、暴力的な「悪」の前ではすぐ衣の下に身を隠すのだ。まだ小さなうちに「悪」の匂いにはっきりとノーと言わなければと思う。


 最後に、リーゼルを演じたソフィー・ネリッセは不思議な魅力を持った女優さんです。ナチズム、ファシズムに支配された不安で窮屈な作品の設定そして養父母や初恋の少年の死の場面もリアルに描かれ、普通だったらそんな救いのないストーリーに私は耐えられなくてDVDプレーヤーのストップスイッチを押してしまうのだけど、この女優さんの不思議な魅力に、死神が惹かれたように私も心惹かれ、最後まで見通すことが出来た。彼女の表情には「希望」が見えるのです。

インデックスへ

トップメニューへ

inserted by FC2 system