心に残る映画13 「鑑定士と顔のない依頼人」


 この作品を見ていて、ルキノ・ヴィスコンティの「ベニスに死す」とパトリス・ルコントの「仕立て屋の恋」を思い浮かべた。
 「ベニスに死す」は、ヴィスコンティが、美少年へ恋焦がれるあまりに破滅へと向かう老作曲家の苦悩を格調高く(哀しく)描いた作品。トーマス・マン原作。背景に流れるマーラーの音楽が印象的。「鑑定士と顔のない依頼人」でも印象的で美しい旋律の音楽が流れるが、どこかマーラーの曲が想起される。音楽担当は、エンリオ・モリコーネだが。
 「仕立屋の恋」は、周囲から変人扱いされている仕立屋のイールの初めての恋と計画されていた相手の裏切りを描く。イールのセリフが印象的だ。「君を少しも恨んではないよ。ただ、とても切ないだけだ。でも平気さ、君は喜びをくれた」

 さて、「鑑定士と顔のない依頼人」の主人公であるヴァージル・オールドマン(ジェフリー・ラッシュ)は、その世界では超一流の美術品鑑定士であり、オークショニアそして肖像画(女の肖像画ばかり)コレクターであるが、生身の女に恋をしたことがない。そのうえ潔癖症。レストランに行ってもマイ食器が用意されていて手袋をしたまま食事をするシーンが冒頭に出てくる。そして彼は、老齢にさしかかった年齢。
 その彼が鑑定依頼人クレア(シルヴィア・フークス)に恋をして裏切られたうえに、ヴァージルの長年の友ビリー(ドナルド・サザーランド)や若き友人で修復士のロバート(ジム・スタージェス)らの共犯者に、肖像画コレクションを全て騙し取られるというストーリーである。

 この偏屈なヴァージルを騙すためには、用意周到で大掛かりな仕掛けと小道具が必要であり、その仕掛けを読み解くといった意味でサスペンス映画である。散りばめられた伏線や意味ありげなシーンをあれこれと楽しむことができる。
 一方で、やはりこれは恋愛映画なのだと思う。「愛も感情も偽造できる」とするビリーとロバートにクレアという贋作をヴァージルは掴まされるわけだが、「贋作の中にも真実がある」と考えるヴァージルにとって(最後の10分間の展開が時間軸に沿って描かれているかどうかによって微妙に解釈が違ってくるとは思うのだけど)、クレアに真実の愛を見たのではないかと思う。ラスト10分セリフはほとんどないのだけれど、もしクレアが「ナイトアンドデイ」に現れたなら、「君を少しも恨んではないよ。ただ、とても切ないだけだ。でも平気さ、君は喜びをくれた」と声をかけるだろうと思う。

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