心に残る映画9 「運動靴と赤い金魚」


 レンタルビデオ屋さんの棚を閲覧していて「運動靴と赤い金魚」というタイトルが目によぎり手の取った。心地良いイメージが浮かんでくるタイトル。この感覚は正解だった。ペルシャ語の原題は「BACHEHA(子供たち)-YE ASEMAN(空)」1997年のイラン映画です。
 大人になった我々は、得体のしれない何かに追われるように忙しく毎日単調な日々を過ごしていて、何の感動もなく逆にストレスがたまる一方の生活。理不尽で大きな声がまかり通り真実ややさしさが身を隠すのが常態。家族の言動にも苛立ちを覚えてしまう。そんな時代に我々は生き、いつのまにか自分自身も真実ややさしさを見失って自身すら醜く思ってしまうこともある。今回の作品は、そんな私たちの心をドキドキさせ、そして明日からも生きていこうという元気を与えてくれる優しい映画です。



 舞台はたぶんテヘラン郊外の貧民街。少年アリは、妹ザーラと生まれたばかりの赤ん坊そして両親との5人で一間の借家に慎ましく暮らしている。父親はお茶配りを仕事をしているが当然薄給、家賃を5ケ月滞納していて大家が毎日取り立てにやって来るような状況。兄妹は、健気に病弱の母親に代わり家事を手伝っている。
 ある日、アリはザーラの靴を修理してもらった帰り、ちょっと目を離した隙に、たった一足しかない妹の靴を失くしてしまう。子供なりに家の貧しさを知っているアリは、そのことを両親には言えない(と思っている)。妹ザーラに靴をなくしてしまった事を打ち明けるアリ。大きな目に大粒の涙を浮かべるアリの顔が大写しになる。もうこの場面で私は熱いものがこみ上げてしまった。



 二人が両親に内緒で相談して出した結論は、アリのボロボロの運動靴を共有すること。イランの小学校は、午前中が女子の部、午後が男子の部というようにきっちりと時間分けがされているようです。運動靴の受け渡しのために兄妹はひたすら走ります。兄は妹を思い妹は兄のことを思いひたすら走るのですが、ぶかぶかの靴が路地の側溝に落ちて流されてしまうシーンがあります。見る者もハラハラドキドキします。でもハラハラしながらもどこか笑顔で二人を見守りたいと思わせてくれる優しさがこの映画にはあります。
 溝から拾い上げられたボロボロの靴をアパートの中庭で二人で石鹸を使って洗うシーンがあります。靴を洗いながらシャボン玉をつくる無邪気な二人の笑顔、その表情が本当に真っ直ぐで純粋です。心が洗われるシーンです。そんなシーンがこの映画には随所にあります。ストーリーは地味でシンプルなんだけど一つ一つのシーンに無駄がなく一瞬たりとも見逃せない映画です。監督の力量を感じることができます。



 そして、ザーラの為に何とかして靴を手に入れたいアリにチャンスが訪れます。県か郡のマラソン大会が開催されることになり、なんと三等賞の賞品は夏休みのキャンプと運動靴。妹を喜ばせたい一心で疾走するアリの姿を見ていると、応援しながら思わず熱いものがこみ上げてきて目頭も熱くなります。三等賞を取るためアリは力を抜く場面もありますが、最後は接戦となり全力で走り抜きます。
 約束した運動靴をザーラに持ち帰れなかったアリは、申し訳なさそうに妹の顔をうかがいます。責めることなく兄を見つめ返すザーラ。アリはボロボロの運動靴を脱ぎ捨て、まめだらけになった足をそっと池につけます。そこに小さな赤い金魚たちが彼の足にまとわりついてきます。素敵で美しい印象的なカットです。
 このラストシーンを見る者は安心して感動の余韻にひたることができます。というのも事前に我々はその後兄妹に120%の喜びが訪れることを知らされているのです。家に帰る父親の自転車の荷台には新品の靴が二つ、アリの白い運動靴とザーラの赤い靴が積まれています。そんなカットがさり気なく埋め込まれているのです。



 蛇足ですが、個人的にはこの父親の役も印象的だった。家では小言ばかりで、アルバイトの庭仕事のセールストークも満足にできない頼りないお父さんですが、家族への愛情に溢れています。50年前の自分の子供の頃の風景を思い出しました。




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