心に残る映画3「ONCE ダブリンの街角で」


 「ONCE ダブリンの街角で」という映画を見た。2007年公開のアイルランド映画。本編が終わりエンディングクレジットが、「Guy?グレン・ハンサード」「Girl?マルケタ・イルグロヴァ」と流れる。ああ、この映画は「Guy Meets Girl」なのだと思った。



 ダブリンの街角で自作の曲を歌うたぶん30過ぎ(それでBoyじゃなくてGuyなのだ)のストリートミュージシャンの男、髭面だが目が澄んでいて感じの良い「ハンサム」な青年だ。彼の歌声は、囁きのようでもあり、一転激しい叫び声のようでもある、とても切なく繊細な曲を歌い上げる。洋楽に無縁な私も冒頭から引き込まれた。

 そこに、まだ幼さが残る顔立ちの少女(Girl)が現れる。彼女はチェコからの移民者でダブリンの街角で花売りをしたり家政婦をして暮らしている。たぶん青年の歌の最初の理解者だ。少女の矢継ぎ早の質問にあきれながらも惹かれていたのだろう、青年は昼間の本業である掃除機の修理を約束させられる。



 翌日、少女が壊れた掃除機を引きずってやってくる。青年とダブリンの街角を掃除機を引きづりながら歩く少女、二人の姿が微笑ましい。二人は少女が昼休みに1時間だけピアノを弾かせてもらっている楽器店に立ち寄る。少女はチェコの交響楽団のバイオリニストだった父親からピアノの手ほどきを受けていたのだ。その楽器店の片隅で青年のギターと少女のピアノの伴奏により二人が歌う曲が、「Falling Slowly」。この映画のエンディングの曲にもなっている。とても美しく切ないメロディと二人のハーモニーに聞き入ってしまう。

 音楽を通じて惹かれあう二人、でも親しくなるにつれ互いの事情も分かってくる。青年は10年前にアイリッシュの娘と恋に落ちロンドンで暮らしていたのだが、恋人は別の男と去って行った。年老いた父親の介護を言い訳に故郷に帰ってきてはいるが、青年は恋人のことを想い続けている。少女は「性格も年も違いすぎてうまくいかない」夫を故国に残し異国で母親と娘と三人で暮らしているが、「娘には父親が必要」と思っている。青年が少女に言う、「ロンドンに一緒に行こう、娘も連れて」と。少女が問う、「母もいい?」。青年は無言。こういった二人の事情が二人の歌う曲によって明らかにされる。二人の想いは、音楽を通じて高まり近づくが、同時に抑制され重なり合わない。



 ちょっと余談。ダブリンの人々そして風景は「いいなあ」と思う。若い二人の言動を見ていて、トラブルを予感させられるシーンがいくつもありハラハラさせられるのだけど、大きなトラブルは起こらない。それはたぶんダブリンの人たちの優しさそしてアイルランドの風景の美しさに二人が守られているからなのだろう。たとえば、楽器店の店主の無言の「頷き」、バスに乗り合わせたおばあさんの笑顔、(結局青年はロンドンに渡る決心をし記念に仲間を募り二人でレコーディングをすることになるのだが、)レコーディングスタジオのエンジニアの誠実な人柄、旅立ちを控えた息子に「待ってたぞ、行け、全力でやれ」と後押しをする父親の励まし。そして自然も美しい、二人でバイクツーリングをして海の見渡せる丘に立つシーンがあったが、冬の曇天の風景だったがとても美しい。

 アイルランドって北アイルランド内戦=IRAのイメージが頭にインプットされていて危険で荒れた国かと思っていたのだけど、2005年にはイギリスのエコノミスト誌で世界で一番住みやすい国に選出されたこともある経済も治安も安定している美しい国なのだと知った。



 閑話休題、 原題の「once」ってどういうことだろう?と思った。レコーディングが終わった早朝こんな二人の会話が交わされる。

 青年:「朝食を家で食べない?」
 少女:「昨夜夫と電話で話したら、こっちへ来るって、ひとまず家にかえらなくっちゃ」
 青年:「あとで来るかい?」
 少女:「間違いが起こるかも、素敵かも」
 青年:「あとでおいでよ」
 少女:「そうするわ、あとでね」
 「ただ一度」の「素敵な間違い」が起こるのかと思ったが、起こらない。少女が自制したのだ。「once」の意味は、映画の公式キャッチコピーどおり、「人生でたった一度、心が通じる相手に出会えたら」ということなのだろうか?それが永遠の思い出となり少女の人生の支えになるというこなのだろうか?

 この後の青年の行動に違和感を覚える人も多いかもしれない。ネタバレになってしまうのでその先は書かないけれど、僕も同じ「ずるい」行動を取るだろうなと思う。

 少女はその後「性格も年も違いすぎてうまくいかない」夫をダブリンのアパートに迎え生活を始める。彼女のことだから娘・母親のためにも愛する努力はするだろうが、一度隙間の入った関係にほんとうの修復はあるのだろうか?一度心が通じる永遠の人を知ってしまったらなおさらだと思う。



 この作品、「Guy Meets Girl」だなと冒頭書いてしまったが、わが身を照らして少女に感情移入してしまったので、映画を見終わり余韻を反復しているうちに少女が主人公だと思えた。というわけで、「Girl Meets Guy」に訂正しておきたい。なお、この作品は製作費が日本円でわずか1800万円だったそうです。アメリカで2館の公開から口コミで動員数を増やし、最終的には140館までの上映となったようで、挿入歌の一つ「Falling Slowly」はなんと、2007年度アカデミー賞の歌曲賞を受賞した。

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