心に残る映画2「遙かな町へ」


 谷口ジローの原作漫画「遥かな町へ」をフランス人監督サム・ガルバルスキが実写映画化した静かで美しい映画。しかしテーマは重く、家族そして人生を深く考えさせられる映画である。

 パリ在住の中年漫画家・トマはサイン会に出張した帰り、列車を乗り間違え何十年も帰っていない故郷に偶然降り立つことになる。そして、夫(トマの父)の突然の失踪に失意のまま若くしてなくなった母の墓前で、トマは気を失う。気がつくと、父の失踪数日前にタイムトリップしていた。14歳に戻ったトマ(意識は中年のまま)は父の失踪の真意を探ろうとする。


 トマの父親は無口で誠実で真面目な男。中年のトマ少年の目から見ても幸せな家庭生活が進行しているように思える。なぜ父親が失踪したのか分からない。代わりに祖母からトマは両親の結婚のいきさつを教えられる。トマの母には父と結婚する前婚約者がいたこと、その婚約者とトマの父は親友だったこと、そして戦争でその親友は死にトマの父は生き残ったこと。しばらくしてトマの父は失意の母を妻として迎えたことをトマは祖母に知らされる。

 ある日、父親の行動を追跡するうちに、トマは父親がある女性と会っている場面を目撃する。当然、「父には愛人がいて、その女性と失踪したのでは」と考える。しかしそのトマの思い込みは、その女性自身の口から訂正される。その女性は父の幼馴染で、重病で余命いくばくもないこと、トマの父は友人としてその女性を看病していたに過ぎなかったということをトマは知らされる。ほどなくその女性は亡くなる。

 これらのエピソードは、トマの父親は自分の夢とか本音を押し殺し、それまで自分のためじゃなく誰かのために人生を生きていたのだという人生への「あせり」を感じていることを暗示している、と私には思えた。同じ中年男性として共感を持って。トマの父親は、借り物の人生を生きていたのだと思い至ったのだろう。



 父親は自分の誕生日祝いの夜に、やはり家を出て行く。「自分本来の人生を生きる」ため、それまでのしがらみを全て「シェイク」しようと決意したのだ。トマは駅に走り、その後家族がどうなるかを語り、父親に「いかないで」と懇願するのだけれど、父親はやはりパリ行きの列車に乗り去って行く。「今しかないんだ」と言う父親を、トマはそれ以上強く引き止めることが出来なかった。同じ世代となったトマにも父親の思いが理解でたのだ。

 トマの父親は人生を「シェイク」してその後、幸せな人生を送れたのだろうか?真面目一方でストイックな生き方って、人を幸せにできるのだろうか?トマ自身はどういう人生を選択するのだろう?かくいう私自身はこれまでどういう人生を選択し、これからどういう人生を選択するのだろう?と深く考えさせらる作品であった。

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