2001.2.20

(誰かと映画を見に行く---「ダイナソー」「バーティカルリミット」「顔」)


 いつもは映画は一人で見に行く。ただ単に一緒に行く相手が最近いないだけである。一人で行くことになれると、一人で見ることに慣れてしまって他人と一緒に映画を見ると緊張してしまう。映画を見た後の感想を語り合う楽しみはないけれど、喫茶店に入ってコーヒーを一人で飲む楽しみもなかなかのものである。

ところが、年末年始にかけて家族や友人と映画を見る機会が重なった。最初は末っ子と「ダイナソー」を見に行った。日頃疎まれている子供を映画に誘うにはコツが必要である。親と二人では決して行こうとはしない。友達と一緒が必須の条件である。新しくできた衣山サンシャインに末っ子の娘と友達と3人で行くこととなった。座席も音響も良い。映画も結構楽しめた。もともと私は南洋の孤島を舞台にした怪獣映画や恐竜映画が大好きである。私の映画の原体験はそこにある。思わずわくわくしてしまう。映画にはこの感覚が大切だと思う。俳優との合成映像をつくらないといけなかったジュラシックパークと比べると技術的制約がないのだろうか、映像がしなやかでのびやかでそしてリアルである。日本のかつてのけばい怪獣映画もそれなりに楽しめるが、ハリウッド映画の緻密さに裏付けられたこの映像のしなやかさのびやかさは心洗われる気持ちにさせてくれる。 ダイナソー
「バーティカルリミット」は久しぶりに妻と一緒に見に行った。こういう冒険映画も私は無類に好きである。同じ山岳冒険映画でスターロン主演の「クリフハンガー」があるが、同じ山岳冒険映画といってもクリフハンガーの方は舞台が山に設定された「スターロン映画」であるが、バーティカルリミットは「山」が主役の本格的山岳映画である。両方とも私は好きであるが、バーティカルリミットを見て山について色々新しい知識を仕入れることができた。一番驚いたのは、K2という想像を絶する高山に登山家の「街」ができていることである。
 映画の方は、映評などを読むと、ハラハラドキドキの展開が単純な繰り返しに終わっているとイマイチの評価だったけれど、私は素直にハラハラドキドキして結構楽しめた(妻もそうだったらしい)。でもちょっと?を感じるところがあった。映画の主題に関することなので、まだ見てない人は読まないでもらいたいのだけど、人の生死ということに関してのことである。
 映画の冒頭で、父と兄妹がロッククライミングの際トラブルに見舞われ、三人が絶壁で宙ぶらりんになる。兄は、三人一緒に死ぬより二人が生きろという父の言葉のままに父を繋いでいる命綱を切り、自分と妹の命を救う。そのことで妹は父を見殺しにした兄を遠ざけるようになる。そしてK2で二人は再会し妹が遭難する。妹は他の二人の男とともに雪渓に閉じ込められ兄に助けを求める。そして可能性数パーセントの救出劇に6人の男女が名乗りをあげる。
 結果、妹は救出されるが、遭難した他の二人と救助隊の4人は死んでしまう。この映画のテーマはなんだったのだろう。冒頭のエピソードはなんだったのだろう。妹は救出されたが、彼女のまた人を犠牲にして生き残ってしまったという心の傷はどうなるのだろうと疑問がわく。
 私の希望としては、救助隊の一人と遭難者の一人を除いて(映画を見た方はこの二人は特定できますよね!?)すべて生還するという結末にしてほしかった。
「顔」は友人と見にいった。ルナティックで第1回目の上映の時見逃していたので、アンコール上映の時見に行った。友人たちから良かったと聞かされていたので期待していた。そこでまだ見ていない友人も誘ったのであるが、なかなか乗れない。隣にいる友人も無理に誘ったので(飲みに行く前に行こうと誘った)どんな風に見ているのか気になってますます乗れない。藤山直美の「顔」が生き生きと魅力的に変貌していくところがミソかと思っていたのであるが、引きこもりの時と比べてあまり変貌はみられない。(私が鈍感なのか、藤山直美さんが私の好みでないのか)
 映画が終わって、「顔」という題名をつけたのは、別の理由があるのではないかと私は思った。出演している俳優・女優がいつもの役どころと違った顔を見せてくれる映画なので、「顔」という題名がつけられたのではないかと思いついたのである。
 中村勘九郎がトラック野郎で強姦の役どころ、牧瀬里穂が意地の悪いヤンキー娘、佐藤浩一がリストラされたさえないサラリーマン、早乙女愛が嫉妬深い妻の役、まだまだあります。  それにても、藤山直美の演技は上手すぎる、そこまでやるのかという印象でした。

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